高松地方裁判所 昭和33年(ワ)58号 判決 1958年11月14日
原告 株式会社槇田鉄工所
被告 株式会社北洋商会 外二名
主文
被告島倉章は原告に対し別紙目録記載の物件を引き渡せ。
原告の被告株式会社北洋商会並びに被告島倉与三松に対する請求はいずれもこれもこれを棄却する。
訴訟費用中、原告と被告島倉章との間に生じた部分は同被告の負担とし、原告とその余の被告等との間に生じた部分は原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において被告島倉章に対し金一〇〇万円の担保を供するとき仮に執行することができる。
事実
原告は、被告等は原告に対し別紙目録記載の物件(以下単に本件物件と略称する。)を引渡せ、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
原告は、本件物件を所有するものであるところ、昭和三一年三月これを被告株式会社北洋商会(以下単に被告会社と略称する。)に対し、所有権は代金完済と同時に被告会社に移転する。代金四八〇万円については、
(イ) 金一〇〇万円を契約成立の日に手附金として支払う、
(ロ) 金五〇万円を工場で試運転する際に支払う、
(ハ) 金七〇万円を物件引渡の際に支払う、
(ニ) 残金のうち一四〇万円は、昭和三一年六月から一〇月までの各月の末日毎にそれぞれ二八万円あてを分割して支払う、
(ホ) 残金のうち一二〇万円については、同三二年五月から八月まで各月の末日毎にそれぞれ二〇万円あてを分割して支払う、
旨各定めて売り渡し、第一回支払分手附金一〇〇万円および第二回支払分金五〇万円の各支払を受けたうえ昭和三一年三月一〇日第十五祥久丸(釧路地方法務局根室支局昭和三一年四月二八日受付、汽船、船籍港根室市……以下単に第十五祥久丸という。)に据え付けてこれを被告会社に引き渡し、爾来被告等三名が共同してこれを占有しているものであるが、被告会社は原告の再三にわたる督促にもかかわらず第三回支払分以降の代金を支払わないので、所有権に基き、被告等三名に対し本件物件の引渡を求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、
被告等の、本件物件を含めて第十五祥久丸に船舶抵当権を設定した場合には原告は本件物件の引渡請求をしない旨の特約があるとの抗弁並びに商法第六八五条および同法第八四八条に関する抗弁はいずれもこれを否認する
と答え、
証拠として、甲第一号証を提出し、証人国方和義の証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。
被告等は本件最初の口頭弁論期日に出頭しないので、同人等提出の答弁書は民事訴訟法第一三八条により陳述されたものとみなす。そしてこの答弁書によれば、被告等は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、
本件物件の占有関係の点を除き原告の主張する事実はすべてこれを認めるも、本件物件は、被告島倉章(以下単に被告章という。)の所有する第十五祥久丸(原告主張のもの。)に据え付けられて同被告が単独でこれを占有し、その余の被告等の占有するものではない
と述べ、抗弁として、
本件物件については、前記売買契約の際、本件物件は被告章所有の第十五祥久丸(原告主張のもの。)に据え付け、据付後船体と共に農林中央金庫および株式会社北海道漁業公社に対し根抵当権を設定し、しかるうえは原告において本件物件の引渡は求めず、単に代金請求のみをする旨の特約が結ばれ、この約旨に基き、昭和三一年四月右金庫に金五〇〇万円の債務の担保として、また同年五月右公社に金一、八〇〇万円の債務の担保としてそれぞれ根抵当権を設定し、登記を経由しており、しかも、このように船体と一体をなして第三者の物権の目的となつている本件物件を取りはずして引渡を求めることは、商法第六八五条ないし同法第八四八条の趣旨に照らし許されないものであるから原告の請求は失当である。
仮に被告会社において本件物件を占有しているとしても、これは被告会社が前記売買契約に基き売主たる原告から適法に引渡を受け、買主としての地位に基きこれを所持しているものであるから、残代金を支払わないからといつて直ちにこれを売主たる原告に返還すべき筋合のものではない。
旨主張するものである。
なお、被告等は、証拠として乙第一、二号証を提出した。
理由
一、原告が本件物件を所有していること、原告がこれを原告主張の約定、経過に従つて被告会社に売り渡し、原告主張の日に第十五祥久丸に据え付けて被告会社に引渡したことは、いずれも当事者間に争のないところである。以下各被告毎に順次原告の請求の当否を判断する。
二、被告会社に対する請求。
被告会社は本件物件を占有していないと争い、成立に争のない乙第二号証によれば、本件物件の据え付けられている第十五祥久丸は被告章所有のものであつて被告会社所有のものでないことが認められるけれども、本件物件の買主は被告会社であること(このことは当事者間に争がない。)、被告会社は被告島倉与三松および同章親子の共同経営によるいわゆる個人会社であること、第十五祥久丸は被告会社の営業に供するため建造され、現にその操業に使用されていること(以上の諸事実は証人国方和義の証言並びに弁論の全趣旨によつて認められる。)等の諸事実から考え合わせると、被告会社は、被告会社代表者島倉与三松を通じて本件物件を買主たるの他位に基き自己のためにする意思をもつて所持しているものと推認されるから、被告会社は本件物件を占有しているものといえる。
原告は、被告会社が代金を支払わないから本件物件の引渡を求めると主張するのに対し、被告会社は、売主たる原告から適法に引渡を受け、買主たる地位に基いて本件物件を占有している以上、単に代金の支払が遅れているということだけからこれを売主に引き渡すべき義務はない旨抗争する。およそ、売買契約に基き売主から売買の目的物の引渡を受けた買主は、目的物の所有権が売主に留保されていても、所有権者に準じて目的物を使用収益する権能を有し、売買契約が解除されるか特約のある場合のほかは、単に代金の支払が遅延している等の理由だけで、その占有が売主に対抗できぬ不適法なものとなることはなく、従つてこれを売主に引き渡すべき義務も生じないと解するのが相当である。本件において、被告会社が代金を完済していないことは当事者間に争のないところであるけれども、被告会社が買主としての地位に基き本件物件を占有していることは前に認定したとおりであり、しかも売買契約の解除ないし特約の存在することについては原告の主張、立証しないところであるから、被告会社の本件物件に対する占有は正当な権限に基く適法なものというべきであつて原告の被告会社に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰し、失当として棄却を免れない。
三、被告与三松に対する請求。
原告は、被告与三松は被告会社等と共同して本件物件を占有している旨主張し、被告与三松は本件物件を占有していないと争う。ところで、株式会社の代表者が会社の代表者として本件物件を所持する場合には、該物件の直接の占有者は会社自身であつて、代表者は、個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特段の事情のないかぎり、個人として占有者たる地位にあるものとはいえないと解すべきであり、本件において被告与三松が被告会社の代表者として本件物件を所持していることは前認定のとおりであるけれども、右特段の事情については原告の立証しないところであるから、原告は被告与三松個人に対して本件物件の引渡を求めることは許されず、原告の請求は失当として棄却を免れない。
四、被告章に対する請求。
被告章が本件物件を占有していることについては当事者間に争がない。被告章は、抗弁として、本件物件を含めて第十五祥久丸に船舶抵当権を設定した場合には、原告は本件物件の引渡請求をしない旨の特約があると主張するけれども、この主張事実を認めさせる証拠はない。また、船体と一体をなして第三者の物権の目的となつている本件物件を船体から取りはずしてその引渡を求めることは、商法第六八五条ないし同法第八四八条の趣旨に照らし許されないとの抗弁も、商法第六八五条は船舶の従物に関する推定規定であつて本件物件が原告の所有するものであることについて争のない本件には関係なく、また、商法第八四八条は船舶抵当権の効力の及ぶ範囲に関する規定であるけれども、これによつて原告と被告章との関係において原告所有の本件物件が当然に第三者の船舶抵当権の対象となつたり、船体からの取りはずしないし原告への引渡が不能となる筋合のものではないから、被告章の抗弁を採用することはできない。
そして、被告章の占有が原告に対抗し得る正当な権限に基くものであるとの点について、更に主張、立証のない本件においては、被告章の本件物件の占有は、所有者たる原告に対抗し得ぬ不適法のものというべきであつて、被告章に対しこれが引渡を求める原告の請求は理由があり、正当として認容すべきである。
五、結論。
以上に述べた次第であるから、原告の本訴請求は、被告章に対する請求についてこれを認容し、その余の被告等に対する請求についてはこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅野英明 秋山正雄 小瀬保郎)
目録
汽船第十五祥久丸(船籍港根室市)据付の船舶用デイーゼル機関二二五馬力一台およびその附属品一式